カテゴリ: イラスト

20180817_kinokonosato


この絵、「きのこの里」というタイトルにしました。

最初、「きのこの山」にしようかと思ったんですが、
そのまんまはまずいか…と思い直し、
たけのこの里と混ぜました
(それはいいのか…?)
(どなたかに怒られたら変えます、、)。

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金曜ロードショーの、トトロを見ています。

昔とぐっとくるポイントがちがう。
なんだか、あちこちで涙が出ます。

どちらかいうと、子どもたちよりも、
おとうさんおかあさんに目がゆきます。

わたしがとしをとったからでしょうか。

このおとうさんおかあさんの、
おだやかさ、やさしさが、
やたらと胸にしみる。

子どものころは、メイがまいごになって、
泣いて「おねえちゃーん!!」って
叫んでるシーンが、共感のピークでした。

「あった」ことはおぼえていても、
本質をとりもどすことはできない、
そんなことがたくさんあって、
少し寂しいです。

ある時期までは、そういうことが、
少しどころか、ものすごく寂しいと思って、
その流れに抵抗していました。

でも、だんだんその、抵抗の気持ちもうすれているし、
忘れたことを忘れるようなことも、ふえている気がします。

いずれ、少し寂しいこの気持ちも、
どこかへいってしまうのだろうか。

とにかく、だんだん鈍くなっていると思います。

鈍くなっているので、
鈍くなっていることも許せる。

潔癖で繊細だった若いころなら、
許せなかったはず。

そうそう、
こだわりがどんどんなくなっているんです。

たとえば、うんと若いころ、音楽がすごく好きで、
自由に好きなように聞いているつもりだったけれど、
ジャンルだのカテゴリだのを
やたら重要視して、選別して聞いていたと、
今ふりかえるとわかる。

今のほうがずっと自由に音楽を聴いているな~と思います。
映画なんかも、こだわらずになんでも見るようにしたら、
今すごくたのしいです。

むかし、自意識が過剰でしんどかったのも、
自分に執着して、
ひとにどうみられるかに
こだわっていたから。

としをとるごとに
頭のなかは身軽になっていって、
それは私にはとてもうれしいことです。

小さなころから
ずっとがんじがらめだったけれど、
これからのわたしの頭のなかは、
もっともっと自由になるいっぽうなのでは。

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って、トトロを見ていたはずなのに、
思考が宇宙に行ってしまった。

続きをみます…

この、おとなりのおばあちゃん、
ずいぶん前に亡くなった
曾祖母が思い出されて、キュンとする。

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絵のタイトルを決めるのに時間がかかります。
この絵も、まだ決まっていません。どうしようかな。
季節外れな絵です。これから、秋の絵も描きます。

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ここのところ、あまり頭の調子がよくなく、
病院で、頓服のお薬を多めにいただきました。

いつでも「これからもっと良くなるんだ」と思って、
「今よりもっと良い状態」を目指して生きてきたけれど、
もしかすると、このあたりで打ち止めというか、
これ以上は回復しないのかも、と思い始めました。

(「回復」とはなんだろう、とも思う。)

外に仕事に出ることのないまま、
自分で自分の食い扶持をかせげないまま、
人生を終えるのかも。

でも、それはそれで…。
そうとしかできないのなら、しかたがない。
と、思えるようになっている。
それは、(わたしにとっては)成長のような気がします。

どんな人にも、それぞれに苦しみがあり、
それぞれの事情、
それぞれの人生があるということは、
わかっていたつもりですが、

自分のことに関してはなかなかそう思えず、
「ふつう」の枠にはまりたいと、ずっと考えていました。
枠にはまれない自分を認めることができませんでした。

その「枠にはまりたい」という考えを、
いま、捨てられつつあり、
それは私にとっては、
やはり、成長のように思えます。
さんざん自分をいじめてきてしまった。
もう、このへんで良いのでは。

20180719_kingyo


あまりにも暑すぎる。

涼しげな絵を描きました。

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